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zoom RSS 歴史散歩 江戸名所図会 河崎万年屋

<<   作成日時 : 2016/02/20 18:03   >>

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 下は、江戸名所図会の巻之ニ第五冊にある「河崎万年屋」の絵です。

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 河崎万年屋は、六郷の渡し(多摩川の舟渡し)で川崎側に降り東海道を歩き始めてすぐのところにあった茶屋で、上の絵はその賑わいを表しています。河崎万年屋は、江戸時代中期には一膳飯屋でしたが川崎大師参詣者が増えるに従い川崎でナンバーワンの茶屋となり、そのうち旅籠になったそうです。奈良茶飯が評判だったようですが、その奈良茶飯というのは、奈良の東大寺等にルーツがあり、豆や栗などをお茶の煎じ汁や醤油で炊き込んだ飯です。

 絵を見ると、店の賑わい、往来の賑わいが分かります。店には畳が敷いてありますが、手前には、草鞋も脱がず急いで奈良茶飯をかきこんでいる様子の人もいます。奥の方では、ゆっくり食べているように見える人もいます。どうも旅の途中とは思えない子連れもいます。火鉢が置いてあるところを見ると、季節は火の恋しくなる時期かと思われます。

 出している食事は奈良茶飯だけではないようです。新鮮な魚が持ち込まれており、一匹まるまる皿に載せた料理を運んでいる様子も見えます。

 なお、六郷川とは多摩川のことであり、東海道には江戸時代初期には橋が架かっていました。しかし、洪水で度々流され費用が嵩むため、元禄時代以降は渡し船になり、ここは六郷の渡しと呼ばれました。

 万年屋は下の地図の緑色の楕円の辺りでした。地図上の赤い破線は旧東海道です。江戸時代、多摩川の部分は渡し船を使っていました。

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 下の写真は万年屋跡です。右に見えているのは第一京浜で、その下を潜り少し進むと多摩川に出ます。右上の地図では、北東方向です。

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 下の写真では、左が第一京浜で、その横に人と自転車のための橋があります。

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 その場所から現在の多摩川の下流を見ています。ここが川崎側の六郷の渡しの辺りです。ただし、川を覗き込んでみても渡しの跡らしきものは何もありません。

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 六郷の渡しからすぐのところに川崎大師に向かう道があります。下の写真の道標に、万年横丁・大師道とあります。

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 なお、このブログの記事は、私のホームページ「歴史散歩 江戸名所図会」にまとめています。

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