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zoom RSS 江戸名所図会 河崎山王社 (稲毛神社)

<<   作成日時 : 2016/03/26 20:34   >>

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下の絵は、江戸名所図会の河崎山王社(かわさきさんのうのやしろ)で、堀内山王権現宮とも呼ばれていました。

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 絵の中央に鳥居があり、さらに参道を進むと拝殿、後に本殿があります。拝殿右に神木があり、現在の状況と比較する際、この神木の位置がよい目印になります。

 本殿の後から反時計回りに、第六天、白山いなり、疱瘡神、いなり、天神、弁天といった境内社(摂社・末社)が見えます。絵の向こう側には家々が並び、その先は、川か海のように見えます。多摩川あるいは東京湾でしょうか。

 江戸名所図会の本文には、「欽明天皇の時代(6世紀中頃)に勧請、河崎の鎮守。正月の流鏑馬神事、6月の大祭、9月の相撲興行、11月の歳の市と賑わった。鎌倉時代に頼朝の命により佐佐木高綱が社を造営したらしい」とあります。

 山王社は、明治時代以降、稲毛神社と呼ばれており、下の地図の緑色の楕円の辺りにあります。

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 稲毛神社の現在の様子はGoogleEarthの航空写真で分かります。この写真は西側の上空から見ています。境内の東側を斜めに走っている広い道路は第一京浜(国道15号線)です。

 稲毛神社の参道は南側から赤っぽい鳥居をくぐって北に伸びています。下の写真が参道の中ほどにある鳥居です。

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 本殿拝殿は、航空写真では屋根だけ見えています。参道を進み航空写真で木に覆われて見えなくなった辺りで左(西)に向くと、その正面が拝殿になっています。下は拝殿の写真です。このような状況から、現在の参道と拝殿の位置関係は江戸名所図会でのそれと異なっていることが分かります。

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 ところで、江戸名所図会の絵には神木がありました。現在も、それは下の写真のように樹齢千年の御神木として大事に保存されています。

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 近くによって幹を写したのが下の写真です。この神木は、参道を挟んで現在の拝殿の丁度反対側にあります。つまり、江戸名所図会の絵の神木と参道の位置関係は現在と同じ、ということになります。従って、江戸名所図会の絵は、山王社を南西上空から見た絵だと分かります。

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 稲毛神社には多数の境内社があり、例えば右の写真には第六天、いなり明神が並んでいます。江戸名所図会にある明神と同じかもしれません。

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 参道を北に向かって真っすぐ進むと、塀の際に右の写真のような旧御社殿跡と刻まれた碑があります。旧社殿は江戸中期に造営されたものの昭和20年に空襲により失われたそうで、昔は、江戸名所図会の絵にあるように、この方向に社殿があったものと思われます。

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 稲毛神社の川崎市役所側の鳥居近くに幾つか境内社が並んでいます。下の写真は、白山稲荷です。金川砂子の絵の白山いなりかと思われます。

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宗三寺の近くにあった佐々木神社が明治時代にここ稲毛神社に遷されました。

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 なお、このブログの記事は、私のホームページ「歴史散歩 江戸名所図会」にまとめています。

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