万葉集 巻14-3425

下野(しもつけの) 安蘇(あそ)の河原よ 石踏(ふ)まず 空ゆと来(き)ぬよ 汝(な)が心(こころ)告(の)れ

(作者) 不詳。下野国の相聞往来の歌。民衆の中で歌われていた恋愛の歌。

(大意) 下野の安蘇の河原を通って、石を踏むことも気にならず、空を飛ぶ思いでやってきました。貴女の気持ちを言ってください。

(注釈) 「下野(しもつけの)」は現在の栃木県。「安蘇(あそ)」は、佐野市を含む南西部の郡であり、「安蘇(あそ)の河原よ」の「よ」は格助詞ヨリと同じ上代語で、カラ、ヲトオッテの意であり、秋山(あきやま)川の河原を通ってとなる。「空ゆ」の「ゆ」も格助詞ヨリと同じ上代語。「来ぬよ」は来(ク)の連用形キ+完了のヌの終止形+現在のヨと同じ終助詞ヨ。


注意

 以上、中西進編「万葉集」講談社文庫、日本古典文学大系「万葉集」岩波書店等を参考にしていますが、私の解釈も含まれていますのであまり信用しないで下さい。

 なお、万葉集関連の記事については、私のサイト「万葉歌碑巡り」に整理してまとめてあります。

この記事へのコメント

石踏まず 土踏まず
2014年05月13日 18:55
安蘇の河原は、後の時代の歌人によると、千鳥が鳴く場所、日が暮れる所として詠まれているので

下都毛野 安蘇の河原よ 石踏まず そら行(ゆ)時ぬよ 汝が心のれ

と詠まれてきたのでしょう。
八島 守
2018年08月06日 08:18
[下野風土記](1688年編著)編著者未詳
の編著者は、
安蘇の河原の川を「足利ヨリ佐野エ入道ニ有る三毳(みかも)の近くに在った川」と考えてたようです。

なお、三毳山の三毳は、[下野風土記]のこの地名から盗んできたものです。



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