テーマ:金川砂子

歴史散歩 金川砂子 並木町 新町 長延寺

 下の図は、金川砂子の並木町 新町 長延寺です。     夏の夜や 唄ふて来たり 並木町     笛の音や 今宵はたしか 並木丁  上の金川砂子の図は下の地図の緑色の楕円の辺りです。長延寺の門前の街道の両側の土居(土を盛り上げてある土塁)は、見附であり、神奈川宿の入口であることを示しています。  …
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歴史散歩 金川砂子 観福寺

 下は、金川砂子の観福寺の図です。    竜燈(りゅうとう)の 松に一声 ほととぎす       **  観福寺(観福寿寺)は神奈川宿の江戸方入口のほんのわずか江戸側の山側にあります。下は、神奈川地区センターにあるジオラマ写真です。観福寺はこの写真の右端にあります。  金川砂子の図に描かれた範囲は下の現…
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歴史散歩 金川砂子 神奈川方角図

 下の図は、金川砂子の神奈川方角図です。    鳴(啼)*そし **はめて かへる雁    一古  上の図は、神奈川宿の東側半分を表しています。下にある現在の地図の緑色の楕円で囲った辺りに対応します。  旧東海道沿いに、江戸の側の入口(現在の京急神奈川新町駅辺り)から中央の滝の橋まで、順に、並木町、新町…
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歴史散歩 金川砂子 新宿村

 金川砂子の新宿村の図です。    自ずから りりしく見ゆる 足元は       これ?あつらいの 伴の旅人    (十返舎一九)    春風や 売り切れて居る 道中伝    (岱画?)   上の図に描かれた範囲は、下の現在の地図の緑色の楕円の辺りです。上の図の大安寺、相応寺は現存しますが、西蓮寺、浦島塚は今…
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歴史散歩 金川砂子 滝之橋、権現山

 下は、金川砂子(かながわすなご)に書かれている、滝之橋と権現山を中心とした神奈川宿の図です。滝之橋は、神奈川宿のほぼ中央にあり、川を挟んで東側(図の手前側)が神奈川町で、西側が青木町です。図では、滝の橋で東海道が左に折れているように見えますが、現在は幅の広い第一京浜になっているため、旧東海道の様子はまったく見当がつきません。 …
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歴史散歩 金川砂子 台町 茶屋之景

 下の図は、金川砂子(かながわすなご)の台町 茶屋之景です。  東台下を西へ進むと上り坂になり、台町に入ります。ここは台地で、神奈川湊を見下ろすことのできる景勝地であり、又、さくら屋という有名な茶屋があり、よく絵に書かれた場所でした。下の地図に、緑色の楕円でこの場所を示してあります。  下の写真は、台町にある…
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歴史散歩 金川砂子 入江川橋 一之宮

 下の図は、金川砂子の「入江川橋 一之宮」です。   春の日も はや山の端に入江川 かへす光を 水に見るかな        (読み人知らず)  上の金川砂子の図の中央少し右に入江川橋があります。その奥の高台に一之宮があります。下の現在の地図に、描かれた範囲を緑色の楕円で示しました。  下の写真は、…
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歴史散歩 金川砂子 子安村 其二

 下は、金川砂子の「子安村 其二」です。        日の入りに 撰ばぬ 夏の旅路かな  上の金川砂子の図の場所は、JR新子安駅の近くだろうとは思いますが、正確にはわかりません。  また、海保とは、後ろ側にある山を指すか、あるいはその一帯を指しているものと思われます。下の「御開港横浜之全図」(山側から見た様子が書…
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歴史散歩 金川砂子 飯田町 浄仏寺

 金川砂子に、浄仏寺(じょうぶつじ)とあります。この寺は現在、成仏寺と書かれます。滝の川の左岸で、東海道から北西に100m程離れたところです。  飯田足 極楽足の 一ノ宿 浄仏願う 人は寺迄          仲之町拾四間  上の図は、成仏寺の入口です。  成仏寺の本堂です。山門を真っすぐ進ん…
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歴史散歩 金川砂子 子安村

 下の図は、金川砂子の子安(こやす)村です。  下の地図には、上の金川砂子の図に対応すると思われる範囲を緑色の楕円で示しています。遍照院と本慶寺はJRと京急に挟まれたところに建っています。  第一京浜沿いに遍照院の石柱があります。そこから遍照院を見たのが下の写真です。石柱の先に参道があり、その先に踏切があり、…
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歴史散歩 金川砂子 生麦松原 子安一里塚

 下の図は、金川砂子の生麦松原 子安一里塚 です。    旅かごの さかてもいまだ *** **たらぬ 生麦の里   作 **  金川砂子の図は、南側(海側)からの鳥瞰図で、今の横浜市鶴見区と神奈川区の境の辺りかと思われます。図の右上が川崎宿方向です。前に示した横浜国道事務所の地図の右端からもう少し右(川崎寄り)…
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歴史散歩 神奈川宿 金川砂子 金蔵院 熊野社 御殿跡

 下の金川砂子の挿絵には、神奈川宿の東側にある金蔵院と熊野社が描かれています。      大君の 恵みいただく 御手折の梅の薫りの 袖の浦かぜ    翠通?  上の図では、東海道(図の下側の道)に面して熊野社と金蔵院(こんぞういん)の参道が平行に並んでいます。また、敷地も二つ並んでいるように見えます。それに、金川砂子…
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歴史散歩 金川砂子 軽井沢 勧行寺

 下は、金川砂子の軽井沢勧行寺(かんぎょうじ)の図です。現在の首都高速三ツ沢線の横浜西口ランプ入口の近くです。  上の図では、田んぼの中にお寺がある図になっていますが、現在は、参道の上を首都高速が斜めに横切っています。下の写真は、首都高速の下を過ぎ、勧行寺の参道入口を通り過ぎたところで振り返って撮ったものです。つまり、金川…
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歴史散歩 金川砂子 追分~程ヶ谷宿入口

 先ず、金川砂子の挿絵です。クリックすると拡大します。       神奈川の 駅ろの鈴の 音冴えて       行く馬路(うまみち)も 追分の里      翠通?  金川砂子の図には、芝生(しぼう)村追分から次の宿である程ヶ谷宿の入り口までが書かれています(現在は保土ヶ谷と書きます)。金川砂子は東から西へ向かって記…
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歴史散歩 神奈川宿 金川砂子 東台下 飯綱社 三宝寺

 この金川砂子の図には、東台下(ひがしだいした)の飯綱社(飯綱社)と三宝寺(さんぽうじ)が書かれています。  図の右中央部にある飯綱社は現在大綱金刀比羅神社(おおつなことひらじんじゃ)と呼ばれています。  今も、図と同じく、下の写真のように旧東海道に面して鳥居があります。  階段を登って行くとその先の左…
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「歴史散歩」についてのコメント

 このブログで書いた「歴史散歩」の記事について、記述にコメント、間違いの訂正などありましたら、このページのコメントとして記入して下さい。  なお、このブログで書いた歴史散歩関連記事は、ホームページ「アラさんの隠れ家」の「歴史散歩」にまとめてあります。
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歴史散歩 神奈川宿 金川砂子 本覚寺

 金川砂子の本覚寺の図です。左クリックすると拡大します。  上の図では、旧東海道(中央下辺り)から右上に向かって参道が続いているように見えますが、現在は、下の写真のように、青木橋のところで旧東海道から北へ上り坂を少し進んだところに階段がありますので、明らかに昔とは違っています。  階段を登り切ると山門です。正…
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”金川砂子”を手に歴史散歩

金川砂子(かながわすなご)とは  「金川砂子」は、江戸時代後期の神奈川宿の様子を書いたもので、神奈川宿の住人「煙管亭(きせるてい)喜荘(きそう)」により、文政七年(1824)に作られました。豊富な挿絵と共に当時の宿の様子が詳細に描かれており、神奈川宿の内とその周りの神社仏閣、歴史、生活、行事などが分かります。当時流行った名所図会(観光…
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